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2015年8月

2015年8月16日 (日)

2008年7・8月のブログより

<爪切り 葬式の心配 介護者の旅>

 

2008年07月04日(金)

爪きり 健康保険証・・・後期高齢者医療制度証?

 

母のお薬がやっとなくなった!
飲み忘れは 別に気にならないが 薬がなくなった!
ということは 非常に気になる…

母を連れ出そうと 前々より 今日いけるか 明日行こうか…
お風呂に入った 明日行こう(^^)


などと結構気を遣う!



で、お薬がなくなったので 母を連れて行かなくても
お薬だけでも 貰いに行かなくちゃぁ~~~!


さて 朝から 保険証を出すように 母に話した!

探しても さがしても サガシテモ 出てこない!
一緒に探すが 出てこない!!


あちこちの汚いところが目に付き 掃除機をかける!
いらいらして 母の爪も気になる!

キツイ調子で「おかあさん!爪まだ切っていないじゃないの!明るいうちに切ってね!」


母は 探し物をしているのに 爪を切れといわれて
混乱状態…


爪切りを探しているのか 何だっけ?探しているのは???

混乱状態が伝わってきた!

爪切りを手渡して「はい!明るいところで切ってね」


廊下に出るが 見難いらしく 電灯の下に戻る…
泣きそうな声で「見えない…」



目が薄くなっている…と母はよく言う!
それなのだろう!

「切ってあげよう・・・」
椅子に座らせ 切りだすと「くしゅんくしゅん…」
「爪も切ってもらうようになっちゃって…死にたいよう~~~」

探し物は出てこない上に 暑い!
母は泣き出すし いらいらも募る一方!


母の爪はまだまだしっかりしている
「おかあさん 爪もしっかりしているから まだ死ねないよ~~~」
って言っちゃった!

「いやだよう~~直ぐにでも死にたいのに~~~」
「川にでも飛び込めばいいのになぁ くちゅん」


魔法使いの爪のように伸びていたし 足の爪も見事だった!


で、保険証は…ぺらっと一枚ものになったので 預かった ことを すっかり忘れていた!(私も脳が相当萎縮を始めたようだ(^^;)


あ~~~~つかれた

 

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2008年07月18日(金)

隣のととろ  となりのトトロ♪

 

午後9時から始まった…


母と一緒に見た~~~


夕方町内の通夜があり ご飯を食べたら疲れて
私は母の傍で うとうと…



まっくろくろすけ 辺りまで 朦朧としていた



里山風景に 母は とても嬉しかったらしく 見入っていた


めいちゃんのしぐさ ととろのお腹の上で 寝てしまうさまも 「あの足・・・」などと言いながら 見ていた



お父さんを迎えにバス停まで行き うとうと寝てしまうさまも 可愛い・・・と声を出した!



11時にやっと終わった…

「長居をしてごめんね」
「私も楽しかったから良いのよ~~」

って…

 

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2008年07月22日(火)

あら・・・家で静かにしていると~

 

「涼しいよ~~~!」



母に出先から 電話をすると言う…



うだるようなプラットフォームから 電話をすると
答える…



出かけるときに母の部屋には エアコンをつける


しめっきりにすると 寒いくらいなので
玄関に通じるドア・庭への掃き出し は開けておく!
電気代云々は 何時頃からだろうか~頭に無い!
母が元気で穏やかであれば ちょっとの電気・水道代は なんてことない!



最高気温が35度以上になる時は 電話で
「ドアや窓は閉めると クーラーが効くよ~~」
と一言添える…


「あ、そうね・・・」と閉めているようだ!


今日の最高気温35度を越えた!

 

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2008年08月05日(火)

日めくり

 

1週間もめくっていないこともあるが…

8月に入ってから 毎日めくられている♪


不思議!

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2008年08月18日(月)

 

猫一匹で・・・



次男が帰省中に 旅行に出かけた! 

それも5泊… 


世話もしないが マギーの世話… 
母とのかかわりに猫が間に入り…微妙な関係 


母は猫は嫌い…というより
認知症になっているので 自分勝手 
自分のことしか考えられない 


猫が擦り寄ってくると「わぁ~~気持ち悪いぃ~~」 



なので 母の部屋には 入らないように しなければならない… 


案外難しい 


母はドアを開けっ放しにしている 
静かな母の部屋は マギーは大好き♪ 
ドアが開いていれば いつの間にか 
音もなく入り 好きなところに陣取っている 


母のご機嫌の良い時には そのままでOK! 

マギーが去ると 母は大騒ぎ「猫が居なくなった~~」 
と掃きだしを開け 外を探す… 
マギーが出て行ってしまう最大の危機! 

マギーは 知らん顔して 三階に寝ていたり… 
腹が減ったと おねだりに 私の足元にまとわりついている 


マギー大作戦 
・朝と夕方 母が雨戸を閉める時間には 私たちの部屋に閉じ込める 
・母をひとり残して留守にする時には 三階の一部屋に閉じ込める 
・母が就寝したら 母の部屋のドアを確認して マギーを開放する 


次男曰く 
母が窓などを開けて逃げ出して それを知らなくて 締め出すこと! 

一度マギーが居ないので 探し回った… 
洗面所に閉じ込められていた…
母が使ったときに マギーも一緒に入った 母は知らなくて ドアを閉めた! 


猫って 静かで いつの間にか 足元にいたり 好きな場所で 眠っている… 



あ~~結構疲れるよ~~ 

マギーが帰ったら これまた寂しくなるのだろう! 


昨夜から 私の寝床を占領している… 
蹴飛ばすわけにも行かず 私が! 小さくなって 寝ている 

しかし いつの間にか 居なくなる… 
猫の毛が ふわふわしていて 気になるぅ~~~

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2008年08月25日(月)

大丈夫だよ~~ 

 

2008年8月23日~24日

博多座観劇のために 母を夫に頼んで 留守にした!


いつもなら 携帯電話で 母と話すのだが
夫は「大丈夫だよ~~電話をしなくても…」

・・・・・

親しい友人家族との夕食会…
和風居酒屋?鉄板焼き?

賑やかな店内…時間制限があるらしく どんどん静かになっていく

美味しかった 母娘と観劇…

私には 叶わぬ夢だが 羨ましい~~♪



遠くまで来ているからと 両日ニ公演…
2日目は…ごっちゃごっちゃになってきた!

ランベスはこれからだな! 
うん? 幻想シーン? あ~~前楽の二幕目だ!

大事に大事に観なきゃ~~!


・・・・・

23日 夕方…夫に電話をしたら
「今、夕飯を持っていったところ…何事も無いから大丈夫だよ~~~」

24日は 夫は緊急同窓会!
10時から17時まで留守にする…

見計らって電話…
電話の向こうから 元気な母
「こちらは大丈夫だから そっちこそ気をつけてね!」

夕方…眠そうな声だったが
「夕飯の準備が出来ているんだったら 安心だよ~~」

千秋楽は幕を下ろし 一目散に博多駅に!
予定していたひかりより 前の列車に乗れた♪
自由席でゆっくり…していたら


岡山駅で 続々と乗り込んでくる…
何の説明も無かったが 岡山駅を10分遅れで出発!

姫路駅では 降りる人が動けないほどの 満員とわかった!


東海道新幹線が 豪雨のために 運転見合わせていて 
車両のやりくりが出来ないために 博多→東京 を岡山止にして
 16両編成の客を 8両編成の ひかりレールスターに 
詰め込んだってことらしい…

新大阪駅からのアクセスも 駅の係員に聞くように…

新大阪駅のアナウンスでは「二時間以上の遅れは払い戻します!」

大混乱の新幹線だったようだ!


遅れはしたが 無事日付の変わる前に 帰宅できた!


暑い私の夏はおわった!

 

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2008年08月29日(金)

博多座「ME AND MY GIRL」が残したもの

 

座長霧矢大夢の演技…
彼女の役創りにかける想いは相当なもので、舞台に立つと役になりきる!

今回は“ビル”が舞台狭しと 生き生きと ビルを演じ生きていた!

きりやんのビルの素晴らしさと舞台の感動は 置いておいて…


私自身の「ひとかけらの勇気」
    スカーレットピンパーネルから頂きましたが…

私は、今まで、6年間、母が認知症を患って以来 
見守り介護をしてきた。誰の手も借りずに…
勿論、夫、長男家族&次男の協力、妹の応援もあるのだが、
おおむね私一人で!

観劇に行ったりして6,7時間を家をあけ
母が留守番をしてくれるのは 日常茶飯事! 
その6,7時間の間に 夫が仕事から戻り 
母へこえをかけてくれる協力あってのこと。

昨年6月には、「大阪侍」の主演を祝い、
有馬温泉での友人との語らいでは、30時間私は家を空けた!

その時の「勇気」も今は懐かしい!
ただその時は、何かがあればタクシーで帰れる範囲と 案外気軽だった。

もう一泊、東京に居た次男宅へ泊まった時。
これは妹共に「東宝・マホロバ」観劇とセットにしていたし、
次男が東京を離れることも判っていた。
なんとなく理由付けがあった!


しかし…今公演は 海の向こう(?)九州博多!
どうしてだろう…後ろめたかった!

ま、日帰り(12時間行程)が出来ないことも無い、
と日帰り三日間3公演の予定は組んだ。

VISAでチケットはゲットできるし、友人からチケットも譲ってもらえた!
ニ公演を観ての日帰りは、17時間、真夜中の帰還となる…

八月の一番暑い時期に 夏には「青菜に塩」状態のこの私が…
そのような芸当ができるのか!


次男の勤め先は…夏休みが長い! 
母は次男には心を許している!(夫よりは…) 
次男に帰省をしてもらえれば…
と三日間くらいなら見守りもできるだろう!

お茶会を中にした二泊三日の追っかけ旅は予定され、決行された!!!
三日間とも、私は母への電話で話もせずに、
(母を忘れて)のんびりと、観劇と友人達との楽しい語らい&宴会で 
時間は過ぎていった!


次男曰く:
「おばあちゃんの見守り介護って大変だなぁ~お母さんはよう頑張っていると思うよ!」

と労われ、誉められた!


それ以外に、初日、楽日前の 一泊追っかけ二回も 
私の勇気(無謀かもしれなかったが…)で 決行され、
夫の大きな協力のお陰さまで、無事乗り切れた!


舞台の感動よりも、自分自身の「勇気」が 今回の 大きな収穫だった♪

裏を返せば、母の時間の感覚が無くなったこと、
記憶力の低下が 幸いしている。


どんどん母の病気も進行するだろうが、
このまま 家の中で、静かに穏やかに生活していくなら 
私は母の介護を やり遂げられるだろう…と信じて、次の大劇場も楽しむぞ!
(今回のような遠方ではないので、せいぜい真夜中帰りが 
 ひょっとしたら≪絶対≫あるかもしれないが…)

 

 

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2008年08月30日(土)

懐メロ・・・

 

今夜のNHKは豪華&?だが

母は大喜びだった!

出てくる人の名前はなんだっけ?

この歌は聴いたことがある!

ぱちぱちぱち…老いて曲がった手で!


村田英雄のときは 可笑しかった…
「まだ若々しいね…村田英雄」

氷川きよしだよ~~~(^^;


裕次郎夫人…いつまでも素敵!メッセージも素敵だった!


森光子…88歳! 歌えたね~
でも…さびしいなぁ~枯れちゃって(^^;


小柳ルミ子…男性ダンサーを従えて
おみ足も…まだまだお若い!


ロカビリー三人組み…当時のまんま!
赤木圭一郎…思い出しちゃった!

 

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2008年08月31日(日)

何も出来ないで~~~

 

夏草が…酷すぎるので、30分間を目処に…庭に出る


「ちょっと庭の手入れをするからね」
と母に声をかけて…
「何をするの?」
「草抜き」


昨日の雨で 草は抜きやすいが…あっというまに 抜いた草が 山になる!



涼しいとはいえ 長袖・長ズボン・長靴・日除け帽子をすっぽりかぶり…
こちらも あっという間に ぽたぽた汗が落ちる!



携帯電話に30分の目覚まし…今日の30分は長かった!



終わって母へ報告すると…
「私はな~んにも手伝えない~~」クスンクスン…


あ~久しぶりに始まった「死にたいよ~」


「あら。おかあさん もっと涼しくなったら 手伝って欲しいのよ~ 桜草の植え替え」
「わかったわ~」


昼食後「食事が終わったらちょっと来て!」
あ~~嫌な予感(^^;

「若い者はお金があるだろうか?」
「若い者って?」
「私の長男よ…」
「何故気になるの?」
「私が死んだら香典を出せるかどうか!」

…何を言いたいんだろう?

「香典なしのお葬式もあるのよ~~」
「私の葬式には 長男に負担をかけるから…」
「おかあさんは、葬式のためにってあるよ!」
「あ~それならいい…何時になったら死ねるんだろう~」ぐすぐす

…始まった!

「川に飛び込みたいが~~」
…それきた

「川に行くのも行けないし…欄干を乗り越えられないだろうから~」
…そうだそうだ!

「どうしてそんなに死にたいの? 楽しくないのかな? 私が苛めているみたいじゃないの(これを言っちゃお仕舞なんだけど!)…」
「寂しくないよ~~」
…そうか 寂しいんだ!

「死にたくないのに 死んじゃう人一杯居るのだから~贅沢言わないのよ…」

…あ~今朝はわが家には 新しい優しい風が吹いている~~って書いたところなのに…



お昼にご馳走食べさせすぎたかな?
…美味しいものを私が持参すると 母は 恐縮して世話をかけている!と感じるらしい! その辺りの兼ね合いが難しい!

 

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2015年8月14日 (金)

水俣・山のフィールドワーク

水俣は三方は山に囲まれて、一方が海

山・海の幸に恵まれている

公害があったからこその、環境に配慮した生産

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山には、棚田が~

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茶畑・標高540m

無農薬・無肥料でそだつ紅茶用のはっぱ

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急な上り坂 舗装費用に充てるための智恵

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2015年8月13日 (木)

Weフォーラム2015in水俣 全体会8月9日午前

湯の児島で温泉につかり暑さに負けそうな身体を癒して

全体会のテーマは重い

~水俣から福島へ“希望”をつなぐ~
案内文から

東日本大震災と福島第一原発事故から4年の月日が流れました。
震災後、福島の人たちの置かれた状況に思いをはせ、
微力でも何か出来ることはないかと、
2012年(二本松市)と2014年(郡山市)に福島県で
Weフォーラムを開催しました

今年、水俣での開催を決めたのは、
福島と水俣の若い世代の出会いがきっかけになっています。
分断されたつながりを回復しようと≪もやい直し≫を
試みる水俣の人たちとともに、
水俣と福島の≪いま≫と≪これから≫の暮らしを知り、
語り合う機会にしたいと考えています。

不知火海沿岸に位置する水俣は、海の幸・山の幸に恵まれたところです
今回は、山から海まで、水俣をフィールドワークでゆっくりじっくり学びます。

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8日の一日目は≪海のフィールドワーク≫でした。

9日は、全体会と分科会①②③あります。
NPO法人認知症予防ネットは、分科会③でした。

10日の最終日には≪山のフィールドワーク≫

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全体会のテーマは

≪もやい直し≫~水俣と福島のこれからを語ろう~

第1部:杉本肇さんのお話
杉本肇さんは、その症状のみならず地域社会から過酷な差別と迫害に苦しむ中で水俣病を「のさり」(授かりもの)と受け止めた水俣病患者・故栄子さんの長男。1961年生まれ、一度は離れた水俣に戻り家族でイリコ業を営む。2008年より水俣病資料館語り部として活動。14年前にコミックバンド「やうちブラザーズ」を結成。メンバーは兄弟と親戚関係(水俣では親戚の事を「やうち」と呼ぶ)。福島第一原発事故後「もっと早く水俣で起きたことを発信し注目してもらえていれば、原発事故は起きなかったかもしれない」との、思いで水俣と福島をつなぐ活動に取り組まれている。

◎福島との交流を続けている理由は、
 3.11は衝撃、原発事故も衝撃で、福島の子どもたちに申し訳ないことをした。
 これは大人の責任。自分は40年間逃げてきた。

◎祖父母・両親2人家族は、重症の認定患者。

◎水俣病が発生して59年

◎差別、他人の目が怖い

◎小学校5年の時に、家の中には大人が居なくなった
 入院や施設入居で。5人兄弟の長男、全部自分に降りかかった

◎大学生の支援者が来たが、漁業には使い物にならなかった
 しかし、繋がっているだけで、人の心に安堵感を覚えた
 役に立たない大学生にも寄り添ってくれている安心が

◎下の2人の弟は、寝る時にサロンパスを持っていた
 上の弟がその理由を教えてくれた、
 「2人は、母の匂いだと嬉しそうにしている」
 自分は母が嫌いだった、身体が弱い母は、
 生活を10歳の自分に押し付けたと
 弱い母はいつもサロンパスを貼っていた

◎福島と水俣の情報を共有、現地を見るのが大切

◎避難している方々は「希望が無い」という

◎命をつないで行こう、何か良いことがある

◎命には、限りが有る、精一杯生きたい

◎水俣に生まれ育って良かったと言いたい

◎熊本県では、小学校5年で必ず水俣病の勉強をしている

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◎鹿児島県川内原発は、水俣は近い
 風の影響が怖い、台風銀座

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◎コミック「やうちブラザーズ」

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◎福島の書女と神主・コミカルに

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分科会③

分科会の①&②は、水俣のお話しなので、私もそちらに行って聞きたかったです。なので、関心を持つ方は居ないかも~と心配していましたが、県内包括支援センター・社会福祉協議会・水俣市内福祉施設へ、案内状を300通、水俣在住の海のフィールドワーク案内の永野さんが配布された300枚のチラシの効果で、11名の方が参加して下さいました。

全く脳活性化ゲームを御存じない方々でしたので、緊張しました。
・施設に案内が来たので
・事務職から現場に配置されたので
・FAXで知りました
・デイサービスでのレクに役だ立つかと
・友人から「ゲームテキスト」を「これとても良いよ~」と頂いたが
 読むだけだとさっぱり理解できないので
・八代市の包括支援センターから3名の方

八代市の方は、一時間しか参加できないと言うので、飛ばして飛ばして、
一時間で、最初の自己紹介・日付の確認・夢の旅行、
ゲームその1・2まで紹介出来ました。

その後は、ざっくばらんに質問を戴きながら、
頭文字ゲームをぐるりと廻り、道具を使ったゲームの紹介
最後に、たすき取りじゃんけんゲームでお開きにしました。

チラシ類は破棄せよとのお達しで、福井の母とのことを
何枚か持参しての中途半端な説明となりました。

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交流会

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◎みんな輪になって踊りましょう~

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水俣・海のフィールド(2015年8月8日午後)

2015年の夏も~終盤に入りました!

粛々とNPO認知症予防ネット活動をし

その一環で、Weフォーラム分科会を受け持たせて頂きました

暑さもピークの8日新大阪駅から新水俣へ

指定席が取れなくて、座れないかと心配

始発駅乗車なので、辛うじてOK(やれやれ)

新水俣駅集合して、水俣を案内され、

・チッソあっての水俣市であり、チッソ城下町と言われた

・百閒排水口見学・メチル水銀の大半はここから海へ

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・1932年水銀入り汚染水が排出

・1968年汚染水はストップ

・1956年5月1日公式確認(当時2歳の女性)

・1964年国が認める

・1997年安全基準

・1994年海の廻りに汚染された魚を捕獲する仕切り網

*この年代の矛盾する取組み

・排水口水銀ヘドロや汚染魚を埋め立てた水俣湾埋め立て地
 ドラム缶にコンクリート詰めされ埋め立て地の底に

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 実生の森(市民と患者が協同で作った)、

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 行政が作った認定患者のみ名前が記されている慰霊碑
 
 エコパークと呼ばれる場所で、
 イベント開催・サッカー・テニスの試合会場になる
 対岸の無人島・海は素晴らしく美しかった

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水俣病原因の色々

奇妙な病と偏見と差別を受け

魚は薬だと、病に冒された方々は治すために食べ続けた

水銀は、蛋白・脳に影響。卵子にも影響され胎児性水俣病患者も多数

・水俣病歴史考証館見学
 ここは一部のみのエアコンで案内の解説は驚きの連続でしたが
 頭に残らず、後ほど写真を掲載します

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・宿泊棟には、患者さんの御遺骨が122体お預かりしているとのこと
 偏見と差別に苦しんだ方々は、居場所を失い支援している方の元へ
 実家に足も踏み入れられず、お参りにこちらへ来られる方もいらっしゃると~

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2015年8月 2日 (日)

暑いなつ!

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小型 ほととぎす~秋は近いか?

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月二題

薄くもりのせいか、赤く見えました

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